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第3ステージ 太地町 105.6km 9.6km×11周

 総合はまったく関係ないので、展開を見て逃げに乗るということをミーティングで話した。とくに、許容される逃げに乗りたいが、決まってみないとわからない。
 アップ中、足は軽い。宿舎の階段を下りたときも、足の疲労が少なかった。昨日、勝負できなかったせいだ。
 だが、スタートしてみるときつい。足の軽さは気のせい?調子悪いのか? いや、それこそ気のせい。前では残り少ない山岳ポイントの奪い合いで、もっときついことをしている。
 なかなか前に上がれないが、少し我慢していると集団が緩み、するすると前に上がっていけた。
 集団が緩んだときこそ、前に上がるべきだ。休むにしても、アクションを起こすにしても、前のほうが良い。
 ちょうど逃げが決まっていて、するっと上がったついでにすっと乗る。これで決まるかな? という人数であったが、丸一周走って吸収。そのままもう一度、集団が分裂。
 まずいなあ、と思いながらも乗れなかったので、様子を伺いながらホームストレートに戻ってくる。
 ゴールを過ぎたあたりで数人が抜け出し始め、しばらく間をおいて抜け出そうとしていたチームコルナゴの中山選手に同調し加速。
 後ろに橋川選手らがつき、うまく抜け出せたのをみてローテーションで前に合流。
 これがセカンドグループとなり、さらに前を吸収して十数人の先頭グループとなった。

 メイン集団は梅丹本舗GDRのコントロール下にあったようだが、前はとにかく淡々と回る。
 2分のタイム差を稼ぎ出し、残り3周で1分36秒差をインフォモトの黒板が告げる。
 残り2周の周回中に、レオン・ファン・ボン選手がアタック。真鍋選手が反応する。僕も反応すべきだった。足が重くて、力を振り絞る勇気が無かった。
 さらに間の悪いことに下り区間を間に挟んだ。ドライの路面だが、昨日の恐怖心はぬぐいきれない。
 機を逸して、三つに分かれた逃げグループの後ろに残された。

 ラストラップでメイン集団に吸収、遅れてゴール。
 結果は残念だったけど、展開を傍観してレースを過ごす立ち位置から、一歩前に進んだ、という手ごたえを感じられた。
 次のTOJでも、なにかできると希望を持てた三日間だった。
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第2ステージ 119.6km

 冷雨が降りしきる二日目。コースがスリッピーなのは、各選手よく知っている。
 千枚田という著名な棚田の景色の区間を登り、札立峠を登って、再び千枚田を登る山岳コースだが、峠をつなぐ区間もアップダウンが続く。また、細い林道はテクニカルで、ここがとても危険なのだ。

 千枚田は、上り口からと狭くなるため、登りに入る前に、勝負していきたい選手はどんどん前を陣取ろうとする。いわゆる位置取り争い。
 僕自身、ほどほどの場所をキープして折り合いをつける。位置取り争いも熾烈だが、無理して突っ込まないのも選手間の暗黙の了解だと思う。
 千枚田を、比較的平穏に先頭集団は過ごした。チームメイトの平林選手も順調に登っている。

 下り区間、一度ひやりとする場面。ウェットな路面に対してコーナーで膨らんでしまう。これがこのあとのことを象徴していたのだろう。
 集団は札立峠に差し掛かった。
 集団が一気にバラける難所だが、先頭グループで登りきった。想像だが、たぶん今年は例年より遅かったのだと思う。確かに、自分の登坂力も向上はしているが・・・。
 しかし、せっかく登りきったのもつかの間、わけの分からないまま前輪がスライドして転倒。
 頭が真っ白になったが、気を取り直して下る。が、完全に腰が引けている。ブレーキから手が離せない。ブレーキングしたままでは、コーナーでマシンを寝かせられない。
 完全にマシンを、いや恐怖心を制御できていなかった。
 再びガードレールに突っ込み、山の斜面側に飛び越えかけるのをこらえて路面に脚を着いた。
 第2グループから置いていかれ(そもそもつけなかった)、チームメイトの諸田選手がいる第3グループに取り付くが、コーナリングの恐怖は取れない。
 先輩選手に怒鳴られながらも、車間があいてしまう。落車が起こると後ろはほぼ回避できないので、集団から下がるしかない。自分が転べば他人を巻き込む、というプレッシャーで恐怖を押さえ込むときもあるが、そんな状態ですらなかった。
 完全に遅れ、小さなグループに落ち着いてゴールした。
 前のグループは、分裂と合流を繰り返して、ここは一応第3グループということのようだが、まあ後ろで一番固まったわずか6人ほどの集団であった。

 最悪のステージ結果で、足を残しながら総合に絡む望みが潰えた。
 ツール・ド・熊野から、深夜になってやっと帰宅。

 携帯でアップできるようにしておいたけど、ああ、携帯でカチカチやるのはやっぱり面倒くさいのね。
 一言くらい書けばいいんだけど、第2ステージはそんな気分じゃなかったから、第2ステージからとまってる。

第1ステージ 赤木川清流コース 125.8km(パレード18km+15.4km×7周)

 新宮市からパレードスタートして、やや山間部に入り込んだ赤木川沿いの周回コースに突入する。パレードとはいえ、コースによっては位置取りを気にして各選手が前に上がるが、このコースはさほどでもない。ただ、有力チームのアシストたちはそうでもないのだろうな、と彼らの動きをみる。

 コースのレイアウトは、ぐねぐねと川沿いをさかのぼって、奥の立ち並ぶ民家の隙間をぐるりと回って来た道を下る。全体的に平坦だが、川であるから下流に向って速度は出やすい。
 そして、上流に向って速度が落ちるほど登ってはいない。
 ただ、奥の集落に向って、二つのトンネルを目印にやや登っていて、集落に入る手前のトンネルは、ぽっこりと登っており、行きと帰り、特に帰りで選手を苦しめる。
 というのは、民家の隙間を抜ける狭い路地で、集団は一列棒状にならざるをえない。集落の出口は連続したコーナーで、後ろになればなるほど、先にコーナーを抜けた先頭を追うために加速を強いられる。そこに、登りがあるわけだ。
 集団前方は楽に走っていても、後ろは先に加速した前方を追うために加速がきつい。前が攻撃的に加速していたら、後ろは相当強くなければ余裕を持ってはいられないものだ。

 同様に、縦長のコースのゴールのある一端は、横風が吹きすさび、前で道幅いっぱいに斜めの隊列が組まれる。横風を避けるために、斜めに並ぶわけだが、当然道の幅の分しか選手は横に並ぶことができない。
 あとはひらひらと、道路の路肩に貼り付いて横風を受けるしかない。
 このひらひらしている状態とか、観戦しているときに集団をみて選手がどんな常態か想像して貰うと楽しいかもしれない。こっちは悶絶してるんだけどね・・・。

 この二箇所のきつい点だけ気を使えば、問題のないコースだ。そこが本当につらいわけだが。

 レースは、数分差を許容される逃げが発生しないまま中盤を過ぎた。
 誰がどう総合争いに絡むか、今後が不透明すぎて、うっかり逃げを許すことができない状態なのか。

 中盤過ぎ、奥の集落を過ぎ、トンネルのほんの十数メートルの登りを(というかコブ)を越えて、さらにもうひとつの特徴である、もうひとつのトンネル脇の旧道を出て下り基調の高速区間。
 集団が三つに割れている。
 後ろに下がりすぎて、まったく展開に乗れていなかった。
 有力チームのほとんどが前に行き、一番後ろのグループは力が無い。協力してローテーションしないと、総合争いも何もなくなってしまう。  
 実績こそ無いが、必ず総合で一ケタ台を狙えると思っていたので、こんなところでタイム差をもらうわけにはいかない。
 数名とがんがんローテーションして前方を追う。
 かなり足を使ってようやく、集団はひとつに。

 結局逃げは最終ラップまで決まらず、約30秒のギャップで十数名がゴール。僕はチームメイトのカネダ選手の力を借りて集団の手ごろな位置でスプリントし、18位。

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